「日本一のハンコの町」、六郷に魅せられて
六郷風景
岩間足袋の行商をいかして、印鑑を販売
雄大な富士山の眺めと、富士川のせせらぎに囲まれた六郷は、
全国的に知られる「ハンコの町」です。
山梨県は早くから水晶の玉つくり彫刻等が盛んでしたが、
この地域でも明治初期に県の殖産興業政策として水晶加工が奨励され、
全国の生産高のおよそ半分を占めることもあったそうです。
その一方で、江戸時代から数多くの著名な篆刻家を輩出し、その技術を後世に伝えてきました。
水晶加工が盛んだったことから、長い間、印材の大半は水晶でした。
また、このあたりは江戸時代には旧岩間村を中心に、
農家が足袋の製造を副業とし「足袋の岩間」といわれるほどの盛業を示しました。
行商の手で市場を広げていきましたが、その営業力をいかし、
印鑑の注文も取るようになり、やがて印章業が六郷の地場産業として定着するようになったのです。
象牙ブームの波に乗り、一躍「日本一」へ
この度、素材調達でご協力いただいている柳屋さんも、
昭和20年から印章の卸業を営んでおられますが、もともとは岩間足袋の販売をされていたそうです。
ただし、大量生産の波に押されて足袋産業が衰退していく中、望月社長のお父様の代には、
関西方面まで足を運んで水晶や印章の注文を取る事業へと転換していきました。
当時、奈良や京都にはすでに水牛、柘、あるいはラクトという象牙風の
合成樹脂などの印材がすでにあり、逆にそれらを六郷へ持ち帰られたそうです。
そのような経緯で、柳屋さんは印材の卸業へと転じ、「ハンコの町」の発展に貢献されてきました。
昭和30年代以降には象牙のブームが到来し、六郷でも通信販売も行う業者が増え、
日本中から注文が殺到するようになりました。
そして、「日本一のハンコの町」へと成長していったのです。
2005年10月1日、旧・六郷町は、隣接する市川大門町および三珠町と対等合併し、
市川三郷町として生まれ変わりましたが、
なお全国屈指の「ハンコの町」であることに変わりはありません。
六郷風景
六郷風景
町や人々に息づく、芸術的な情緒
六郷を初めて訪ねたときから、この町の方々には大変お世話になっています。
特に、たまたま道を尋ねたことで知り合った方には、
望月社長をはじめ、たくさんの方とのご縁を結んでいただき、深く感謝しております。
忘れられないのは、二度目お会いした際、
私とのふれあいを綴った絵と書が壁に掲げられていたこと。
この町の人々は、芸術に対する造詣が深いことにつくづく感銘を受けました。
同時に、六郷という町、そしてここに住む人たちにはそうした情緒が自然に身についていると感じ、
ますますこの町が好きになりました。
そのような趣深い気風が漂う六郷ですから、「本物」が生まれるのもうなづけます。